30人以上の行列でぞろぞろとバス停に向かい、行く先々で出会う人々と別れの挨拶を。
その人達が言ったのは、「さよなら」ではなく「またね」だった。
バス停に到着した時にはもうバスは着いていて、出発まで間もない様子だった。
僕の予定では、バスのトランクに荷物を預けてから、これまで親しく生活してきた一人一人と別れを惜しんで抱き合うはずだった。
そんな、ドラマのような切ない別れを考えていた・・・
でも現実はそんな甘くなかった。
一番仲の良かったドイツ人のマークを筆頭に、男どもがいきなりおれを胴上げし始めた。
「ウーン(一)、ドーイス(二)、トゥレース(三)、わーーーーーー!!!」
ようやく下ろしてもらって、別れの挨拶を・・・
と考えたが、やっぱり現実は冷たかった。
バスが音を鳴らし、ドアが開いたまま走り出している。
「待てやーーー!!」
「今別れの挨拶しとんねん!!」
「翔、じゃあねー!!」
「気をつけてね!!」
別れを惜しむひまなど全く許されず、頭をバシバシ叩かれながら「はやく乗れ!!」って言われてバスに駆け込んだ。
予定していた切ない別れとはかけ離れていて、泣くひまなんてなくて、むしろ追い出された感じだった。
そして、バスの窓から皆を見た。
みんな、笑っていた。
お互い見えなくなるまで手を振った。
座席に座り、バタバタの別れ間際にもらったプレゼントを開けてみると、そこには皆の寄せ書きつきの1枚のTシャツが入っていた。
一人一人のメッセージ自体は簡単なものだったけど、その人々の顔を思い出しながらしんみりと眺めていたら自然と笑顔から涙がこぼれてきた。
「ここに来てよかった。」
自分にとって「ふるさと」と呼べる場所。
「帰る」と言える場所。
そんな大切な場所に次に帰ってくる時には、一回り成長した自分でいよう。
こうやって人は出会いと別れを繰り返し、成長していくんだろう。
「さよなら、エステーヴァン。」
こうしてこれまで生活してきたエステーヴァン村と別れ、今は「オーロプレット」という町に来ています。
ブラジル東南部のミナスジェライス州に位置するこの町は、1980年以来ユネスコの世界遺産に登録されており、緑の山に囲まれた起伏の激しいこの村に来ると、ポルトガルの植民地だった名残りか中世ヨーロッパに来たような印象を受けます。
オーロプレットを直訳すると、黒い金。
その名の通り、かつてはブラジルの黄金郷とも呼ばれ、一攫千金を夢見た人々が大勢訪れました。
しかしこうして華々しく経済発展を遂げた表の世界の裏には、黒人奴隷が売買、酷使されていた闇の現実もありました。
見て歩くだけでも美しいこの町の中には多くの協会や博物館があり、その時代の最高の技術を持って描かれた絵画や彫刻、そして奴隷の歴史なども見ることができます。
今は世界中の旅人が集まるユースホステルに滞在しており、ここの仲間達と共に、近くにある滝までピクニックに行ったり、昔採掘がさかんに行われていた洞窟に行ってみたりとアクティブな毎日を過ごしています。
ブラジル、アルゼンチン、チリ、フランス、ドイツ、スイス、アイルランド、台湾、日本。
国籍も年齢も男女も問わない仲間達。
言葉も文化も性格も違う仲間達。
THE インターナショナル。
おれは、日本代表。
ここで皆さんに残念なお知らせなんですが、先日日本に大量に荷物を送った際、デジカメのデータをパソコンに移すやつまで一緒に送ってしまいました・・・
ということで写真をアップできません!!笑
いやー、詰めが甘いというかなんというか・・・
とにかく申し訳ありません!
こんな僕ですが、もうしばらくお付き合いしていただけたらと思います。
さて、今回はもう少しだけ他愛ない呟きを。
カノアを出発し、楽しみでしょうがない帰国を先に延ばし、ちょっとした道草をしている今。
もうですね、カノアと日本が懐かしくて懐かしくてしょうがないんです。
世界各国の若者と一緒に生活するのはとても楽しいんですが、何か欠けてるんですよね。
なんなんですかね、ものすごく楽しいんだけど、何か欠けてる。
カノアと日本にあって、ここにないもの。
・・・
(くさいの苦手な方は鼻つまんでください。)
やっぱ、愛なんでしょーねー。
はい、息を吸っていただいて結構です。
まあ中途半端にブラブラしてるからこそこういう気持ちになってるんだと思うし、そんな意味ではやっぱり人生において道草っていうのは意義あるものだなー、と思います。
道草ばっかじゃ、カノアで生活して感じてきたこととかは感じにくいだろうからそればっかじゃつまらないけど、人生長いんですからたまにはいいですよね。
(休学までする必要があるかはわかりませんが・・・笑)
「道草せずに、真っ直ぐ家に帰りなさい。」
と小さい頃は誰もが言われていたことでしょう。
でも、子どもにとって最も楽しいのが道草のはずです。
色んな道草をしながら家に帰る。
ちょっと遠回りになるかもしれないけど、それこそが生きるってことなのかもしれません。
道草しなきゃ、本当の道の味なんてわからないでしょうし。
行く先々で、何度も何度も興味あるものに道草を食って、色んな道の味を知って、自分の家に帰る。
帰る時間はちょっと遅くなって日も暮れかけてしまうかもしれないけど、真っ直ぐ家に帰るよりもよっぽど楽しいでしょうね。
道草。
全く合理的でも効率的でもないものだけど、そんな普遍的になってしまった価値観を少し横に置いてみることができたら、きっと新しい価値観が見えてくるんだろう。
そんな、カノアと日本の狭間。
故郷と故郷の間。
2010年01月12日